我里庵のコレクション一覧
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梶の葉
梶の皮は上古代に白和幣(しらにぎて)をつくり、祭神の時幣帛として用い、またその葉は檞(カシ)(我里注:柏)と同じく御食を献じる器具に代用されたものである。(沼田頼輔著「日本紋章学」)
鳥居
【ちゅうわにとりい】鳥居紋。
鳥居を紋章に選んだのは・・・神社関係の物だから、神聖であるとしたらしく、信仰的意義に基づくものである。また神職にあった人がこれを用いたのは、記念的意義もあり、鳥居氏がこれを用いたのは、指事的意義に基づくものである。
鳥居紋がはじめて史籍に見えたのは『見聞諸家紋』であるといわれている。同書には位田(いんでん)氏の家紋として鳥居に鳩を掲げている(沼田頼輔著「日本紋章学」)
山
【やま】山紋は山岳を象った紋である。山を紋章に用いたのは、その屹然とそびえる不動の姿が尚武的意義にあてはまっているからであろう。中でも富士山は、日本第一の高峰であるから、同時に瑞祥的意義をも持っていたというべきであろう。『梅園日記』に一富士二鷹三茄子といい、これを夢にみることは、吉兆であると記しているのは、富士山が高いからである。紋章に富士山を選んだのも、ここに理由があったのであろう(沼田頼輔著「日本紋章学」)
石(石畳)
【いし(いしだたみ)】石(石畳)紋。
石畳は「甃」とも表記され、また霰(あられ)紋ともいわれる。正方形の敷石を等間隔に並べた形をしており、元来は古くから衣装などで用いられた石畳文様(市松文様)が家紋の素材となったものである。文様として最も単純な形式であり、洋の東西を問わず古くから文様として使用されている。石畳紋には正方形だけでなく長方形のものもあるが、霰紋といわれるのは正方形だけである。また黒石と白石を入れ違いに描くといわれることがあるが、白石部分は決して数に入れられない(高澤等著「家紋の事典」)
宝珠(玉)
【ほうじゅ(たま)】宝珠(玉)紋
「平安紋鑑」「紋典」「紋之泉」「紋の志をり」等の主要な紋帖は、これを玉(たま)紋としているが、沼田頼輔著「日本紋章学」、高澤等著「家紋の事典」、伊藤幸作編「日本の紋章」ではこれを宝珠(ほうじゅ)紋としている。/宝珠とは宝とする珠(たま)の意味で、宝珠紋はこれを図案化したものです。紋の形は、瑞気が盛んに立ち上がるさまの火焔を吹いているものとないものがある。家紋の採用は珠玉に神霊が如意的に宿るものと考えたからか。(本田総一郎監修「家紋大全」)
墨絵
大久保浩・大久保泰子著「墨 brush style」に掲載されている著作権フリーの画像です。但し、誰に対しても著作権フリーな訳ではありません。本の購入者で且つ所有し続けている(画像データを保存して、その後に本を手放なすとアウトになります)必要があります。私、所有し続けている該当者です。
大根
【だいこん】大根紋。
大根を家紋に選んだのは、大根を漢名で萊菔と呼んだことから、萊菔は来福の意義に通じるので、いわゆる瑞祥的意義に基づいたものとの説があるが、従いがたい。私の考えでは、大根もまた春の七草のひとつであるから、芹・薺が家紋に選ばれたと同じ意義で、禁厭の目的からきた信仰的意義に基づいたものであろう(沼田頼輔著「日本紋章学」)
分銅
【ふんどう】分銅紋。
分銅紋は、分銅を象った紋である。分銅は別に法馬とも書く。天秤の一方の皿に載せ、もう一つの方の物と重さを比べてその物の重量をはかる道具で、銅を用いて作ったものである。
分銅を紋章として選んだ意義は、まだ明瞭ではないが、その形が正しく整っていて、見分けやすいのと、そのうえ物の重さを量る働きがあるところによるものであろうか。(沼田頼輔著「日本紋章学」)
榺
【ちきり】
榺は別に衽または千切の字を使う。榺は工字の形をした機織の道具で、経(たて)糸を巻きつけるものである。また、建築上、石や木などをつなぐために使うものもある。・・榺を文様として使ったことは『年中行事』などに出ているから・・この文様から転化したものであろう。これを紋章として用いたのは、その形が対称的で見分けやすいのと、そのうえ、二つの物を結合して離れなさせないという効果をもっているので、瑞祥的意義があるからであろう(沼田頼輔著「日本紋章学」)
なお、「日本紋章学」では榺を”ちぎり”としている。
柊
【ひいらぎ】
柊はモクセイ科の常緑小高木である。葉に鋭い鋸状の棘を持つことから、古くから魔除けの力があると信じられ、特に表鬼門(北東)に植えたり、また生垣としたりして利用された。節分には追儺(ついな)の儀式に柊と大豆の枝に鰯の頭をつけて門戸に飾り悪鬼を払った。文様としてもほとんどみえず、家紋としても、その発生状況は確認できない。信仰的意義によって家紋になったと考えられる(高澤等著「家紋の事典」)
馬
【うま】馬紋
家紋は多く文様的にシンボリックに描くのがふつうである・・が、馬紋はほとんど実物そのものに近い図柄の上に、あばれている姿になっている。これがこの紋の特徴(丹羽基二著「まるわかり日本の家紋」)
杉
【すぎ】杉紋
杉は、最も神のよろこぶ木。スーッと立っているので、スーキともいうが、神が好くからスキ、ともいう。この木を伝わって神は降臨する。だから神木だ。奈良県の大神(おおみわ)神社をはじめ、杉をご神体にしている神社は多い。そこで、神紋も杉にしている(丹羽基二著「まるわかり日本の家紋」)
古代より杉は神社のまわりに植えられ、神木とされた。杉は大和・三輪社の神体であったことが、日本書紀・万葉集に記されている。杉紋は三輪社を祖神と仰ぐ大神氏の代表家紋(伊藤幸作編「日本の紋章」)
烏
【からす】烏紋
烏紋を用いるものは、紀伊熊野の神官から出た鈴木氏、もしくはその後裔に限られていたのをみると、明らかに烏が、古来熊野権現の神使と称されたことによるもので、いわゆる信仰的意義に基づいたものである。そもそも、烏を熊野の神使としたのは、その由来は極めて古く、神武天皇が熊野から大和に攻めのぼったとき、霊夢によって八咫烏を先導とされたと記紀にある。烏を熊野権現の神使としたのは、これに起因するのである(沼田頼輔著「日本紋章学」)
熨斗
【のし】熨斗紋
熨斗はアワビの肉を薄く削ぎ、火熨斗(ひのし)とよばれるアイロンで薄く引き延ばして乾燥させたもので、慶事の進物や儀式の肴として用いられた。次第に簡略化され、現在ではアワビの代わりに黄色い紙を六角形の紙で包んだ小さなものを、形式的にのし袋に付けたり印刷したりして用いられている。「のし」は延寿に通じて縁起物とされ、瑞祥的な意義で家紋となったと考えられる(高澤等著「家紋の事典」)
唐花
【からはな】
唐花は大陸伝来の古い文様であり実在の植物ではない。正倉院に所蔵される唐櫃(からひつ)や毛氈(もうせん)などにも見ることができ、平安時代には有職文様(ゆうそくもんよう)として、家格や伝統に相応して、公家の装束や調度品に付けられたため、当時の姿を伝える絵巻物などには必ず見ることができる(高澤等著「家紋の事典」)
紋章で一般に「花」といった場合、この唐花の一枚の花弁を指す・・植物に花が添えられて紋章化されるときは、必ずこの「花」が基本にされています(泡坂妻夫著「卍の魔力、巴の呪力」)
Chootan
【ちゅうたん】Bootan(ぶぅたん)一門のネズミ族である
釘抜
【くぎぬき】釘抜紋
◇│状の座金とテコからなる、テコの原理を応用した、大きな釘をぬく際用いる長大形の古い現存しない大工道具。千金・万力、また九城(くぎ)抜きとも称され、九つの城を攻め落とす力を持つとされ、軍事的な縁起で家紋にされた。(伊藤幸作編「日本の紋章」)
これを家紋に採用したのは、形があっさりしていて、見分けやすいことと、そのうえ万力という名が尚武的意義を持つことも、後世にいたって武家がこの紋章を歓迎した(沼田頼輔著「日本紋章学」)
稲妻
【いなづま】稲妻紋
古来より稲は雷によって孕むとされた。つまり孕む稲を妻としているのは雷であるということから稲妻の名称となった。稲妻紋はイナビカリが幾何学的に折れながら光っている様子を文様としたものである。しかし、古代ギリシアではメアンダーと呼ばれる同種の文様があり、古代中国の青銅器などにもこの文様が見えることから、雷に因むネーミングよりも先に文様が存在していた可能性もある(高澤等著「家紋の事典」)
鉞
【まさかり】鉞紋
鉞は斧に似ているが、それよりも大型の刃物。日本の昔話では、金太郎が、これをかついでいることになっている。修験者が峰入りする際も、これを携えたらしい。古代中国では、破壊用の兵器として用いられ、将軍出陣の際は、天子がこれを授けて、大命を下すしるしとしたというから、これの紋章化は尚武の意義をもったものと考えられる(渡辺三男著「日本の紋章」)
蓮
【はす】蓮紋
蓮は・・・仏教と密接な関係にあり蓮華文様として目にする機会が多い。墓石の台座などにも文様が刻まれるため家紋と混同されやすい。中国では瑞祥的な文様であり、また家紋としては苗字由来の指示的、尚美的な意義によって採用されたものと考えられる(高澤等著「家紋の事典」)
インドでは仏陀が生まれるとき、ハスの花が開き、その誕生を告げたという(丹羽基二著「家紋大図鑑」)
兜
【かぶと】兜紋
兜は戦場において頭部を守る武具である。常に戦場において命を的に戦い続ける武家にとって象徴的な存在として、家を守るという尚武的な意義と、近世にいたりかつて武家であったという記念的意義で紋章として採用されたのだろう(高澤等著「家紋の事典」)
牡丹
【ぼたん】牡丹紋。
近衛家は関白の家柄であったから、その用いる牡丹紋は、江戸時代には菊・桐・葵に次ぐ権威を持っていた。従って、これを用いたものは、おおむねその一門か、これと婚姻関係を有するものであった。すなわち公家では鷹司・難波、武家では上野矢田の松平・伊達・津軽・津島・鍋島の五氏がそれである(日本姓氏紋章総覧」新人物往来社)
葡萄
【ぶどう】葡萄紋は、葡萄の葉または実と蔓を象った紋である。
葡萄は藤本で、葉は蔦の葉に似て広く、実は房状をしていて下に垂れ、風姿に雅趣があるため、これを紋章に選んだのはこの点を取ったもののようであるが、一説では松平氏が葵紋を避けるため、それに類似した葡萄の葉になぞらえてこれに代えたものであるといわれている。しかしながら松平氏でないものもまた、これを用いたので、必ずしもそうではないようである(沼田頼輔著「日本紋章学」)
鹿角
【かづの】鹿角紋。
鹿は古来より神の使いとして神聖視された。特に白鹿は長寿の象徴であり、また鹿の「ろく」という発音が「禄」に通じるため瑞祥の動物とされている。その角から作る薬は鹿茸(ろくじょう)と呼ばれ、中国では三大妙薬のひとつの最高級漢方薬とされている。また鹿の角は刀掛けや、兜の前立てに使用されたことから尚武的な意義で家紋になったと思われる。(高澤等著「家紋の事典」)
鱗
【うろこ】鱗とは白と黒の正三角形、あるいは二等辺三角形を連ねた文様で、単純な構成であることから古代から世界各地に見られ、魔除けの力があるとされている。日本では古墳の壁画装飾などにも見ることができる。文様として連ねた景色は蛇や龍の鱗のように見えるために鱗文様という名称になった。(高澤等著「家紋の事典」)
雁金
【かりがね】
元々は「雁音」と表記され、便りをもたらす鳥として親しまれ、平安時代になると「雁金」という字が宛てられるようになった。
文様としては飛ぶ様子の美しさから尚美的な意義によるものと考えられるが、紋章としては武士が用い、武具に意匠されることが多かったことから武器の雁股(かりまた)の鏃(やじり)による尚武的な意義も意識していると思われる。(高澤等著「家紋の事典」
洲浜
【すはま】洲浜とは三角州にできる洲渚(しゅうしょ)のことで、文様となったのは仙人が住むという蓬莱(ほうらい)山の仙境を模して祝賀の際に作られた台である。「紫式部日記」には「弁の内侍の、裳に白銀の洲浜、鶴を立てたるしざま、めづらし」と載る。初見は「太平記」で比叡山を攻める足利軍の中に洲浜紋がみえる。洲浜台は後世に至っても祝賀の席などにも使用され瑞祥的な意義により文様から家紋になったと考えられる。(高澤等著「家紋の事典」)
笠
【かさ】笠を家紋に選んだ意義はまだはっきりしていないが、これがつねに頭上におかれ、また、カサの名は発音が堆く物が重なった有様に通ずることから増大の意味を持っていたので瑞祥的な意義に基づたものであろう。沼田頼輔著「日本紋章学」
笠を文様とした理由が様々な説があり一定しないが、笠という字が「竹を立てる」という意味を持ち、天から降臨する神を竹を立てて迎えた神事によるものと考える。四隅に忌み竹という低い竹、中央に高い竹を立て山の形を作り、その形を天蓋と呼んだ。笠紋はその天蓋を表している。高澤等著「家紋の事典」
杏葉
【ぎょうよう】杏葉紋。
中国より伝来した馬のアクセサリー、馬具。中国トンコウ壁画<騎馬図>に杏葉が描かれている。この種の文様は、西南アジア固有の文様であったが、西城交通の開発で、中国に移入されたもの。植物文様という説もあるがそれを裏づけるデータは未だ見当たらない。平安期の鎧・胴丸の付属防具に杏葉が使われている。鎌倉初期、勧修寺家が車紋にした。公家の閑院家・中御門家と、その一門九家の紋章。(伊藤幸作編「日本の紋章」)
桔梗
【ききょう】桔梗紋。
桔梗はキキョウ科の多年草で、秋の七草の一つとなっている。万葉集で見られる「朝貌(あさがお)」は桔梗のことである。鮮やかな紫色と均整の取れた美しい造形で古くから愛され、文様としても多く用いられた。(高澤等著「家紋の事典」)
井筒・井桁
【いづつ・いげた】井戸側の地上の部分、上部の木組みを、井筒井桁という。正方形のものを井筒、斜方形を井桁という。いずれも混同混用され明確な区分は困難である。(伊藤幸作編「日本の紋章」)
井戸の地上部分を囲むように組まれた井の字型の木組みを井桁、また、円形のものを井筒といった。しかし、紋章ではいつしか正方形のものを井筒、菱形のものを井桁と呼ぶようになった。古代より渇きを癒して命を繋ぐ水の湧く場所は精霊の宿る場所であり、神を祀る場所でもあった。(高澤等著「家紋の事典」)
南天
【なんてん】南天はメギ科の常緑低木で、可愛らしい実をつけることから観賞用に庭木として植えられている。その名を「難を転ずる」という言葉に掛けて縁起のよい木として親しまれ、江戸時代になると人気があがって盛んに栽培されるようになった。家紋としもそうした瑞祥的意義により用いられたと考えられる。江戸時代以前に使用された記録はなく、園芸植物として流行した江戸時代以降に愛好家によって用いられたのだろう。(高澤等著「家紋の事典」)
蟹
【かに】蟹を紋章にした意義は明らかでないが、思うに、堅甲で身を固め、鋭いはさみをかざして横行する姿が、さながら武士の姿勢に似ているところからきたもので、すなわち、尚武的意義に基づいたものであろう。(沼田頼輔著「日本紋章学」)
兎
【うさぎ】兎は昔から神聖なものとされていて、『日本書紀』にある因幡の白兎は、後世では兎神として祀られ、因幡国高草郡内海村に今日でも素兎(しろうさぎ)神社としてその名を知られいる。『延喜式祥瑞』に挙げられているものの中に、「白兎月之精也、其寿千歳」とあるのをみれば、鶴亀と同じく延命長寿の瑞獣とされていたことがわかる。(沼田頼輔著「日本紋章学」)
浮線綾
【ふせんりょう】浮線綾紋は、浮線綾に象った紋である。浮線綾とは、織紋の糸を浮かせて織った浮線の綾をいう。元来、綾とは、文と同じ意味であり、文様があるところから、名づけたものである。すなわち浮線綾とはその織り方から称えられたもので、たんに浮線綾というだけでは、特定の文様をさすことにはならない。その織方によって織り出された文様に種々あって、たとえば菊をもって形成されたものを「浮線菊」、蝶を用いて形成されたものを「浮線蝶」というようなものである。(沼田頼輔著「日本紋章学」)
パロディー
パロディーネタ
折敷
【おしき】折敷は、紋帳によっては「隅切り角」としている。/折敷紋は、折敷を象った紋である。折敷とは、上古時代、樹木の枝葉を折り敷いて、食器の代用としたのを、後世になって、扁檜(ひのき)の片木(へぎ)を折り曲げ、角盆にして用いるようになった。しかし、名だけは昔のまま、折敷とよんでいるのである。これに脚のあるものを脚打折敷といい、台をつけたものを衝重(ついがさね)という。(沼田頼輔著「日本紋章学」)
文字
【もじ】文字を紋章化したもの
団扇
【うちわ】団扇紋には
・丸い団扇
・羽(は)団扇
・楕円形の軍配団扇(唐団扇)
の三種類がある。
銀杏
【いちょう】
銀杏紋は、銀杏の葉を象った紋である。銀杏は別に公孫樹、または鴨脚の文字を用いる(沼田頼輔著「日本紋章学」)
銀杏は真っ直ぐに天に向かって育ち、30mに達する巨木となる。長寿の木で、種を蒔いても孫の代にならないと実のらないことから公孫樹とも書き、また葉は水掻きのある鴨の足に似ていることから「鴨脚樹」とも書く。水分を多く含み火災にも強く、炎に焼かれても簡単には枯死しない強い生命力を持つ(高澤等著「家紋の事典」)
蕨
蕨は四月頃山野に発生する隠花植物で、発芽の頃にはその葉枝が屈曲し、特殊な形状になる。俗にこれを蕨手と称する。紋章はこれを象ったもので、恐らく尚美的意義に基づいた紋であろう。(沼田頼輔著「日本紋章学」)
鳩
【はと】鳩を紋章として選んだのは、鳩が軍神として信仰された八幡大菩薩の神使であるところからであって、いわゆる信仰的意義に基づいている。鳩を軍神八幡大菩薩の神使としたのは、藤原時代からで『陸奥話記』に記された記事によって、このことがわかる。(沼田頼輔著「日本紋章学」より)
桜
【さくら】桜紋。
桜は美しい花であったため、これを文様として用いたことは『栄華物語』その他藤原時代の絵巻物に散見する。これを家紋に選んだのは、その優美なあ風姿によるもので、尚美的意義に基づくことはもちろんであるが、桜井氏および松平氏(桜井)・吉野氏・花木氏などがこれを用いたのは、その名字にちなんだものであり、指事的意義に基づくものである。(沼田頼輔著「日本紋章学」)
月星
【つきぼし】月星紋(星紋・日月紋)
標識
標識をモチーフにしたパロディーデザイン
龍胆
【りんどう】竜胆とも書く。
村上天皇の子孫である村上源氏が家紋として用いたことで知られる。一門には、六条、岩倉、千種、東久世、植松などの各氏があり、村上源氏の流れを汲んむ久我(こが)氏でも竜胆紋が使われている。久我氏と関わりがあった宇多源氏の綾小路、庭田、大原、五辻などの各氏でも使われている。後に、清和源氏も一部で竜胆紋を家紋としたことで、源氏の代表的な紋というイメージが強くなった。(高澤等監修「家紋のすべてがわかる本」)
日足
【ひあし】日足紋。
命を生かし育む太陽は、古来、信仰の大将となってきた。「日足」とは、太陽の光を表す図形が四方に伸びているものを表す。(高澤等監修「家紋のすべてがわかる本」P161)
文(ふみ)
文紋 文(ふみ)とは、手紙のこと。現在では封筒に入れるが、かつては紙を結んでいたことから、文紋では、文を結んだ形を紋形としている。基本の文形は、細長く折った紙を中ほどで引き結んで団子状や、「く」の字状にしたものが多い。なかには「恋文紋」のように、簪(かんざし)を付け加えた紋もある。(高澤等著「家紋のすべてがわかる本」)
ハロウィン
ハロウィン関連
百足
【むかで】百足紋
百足は凶暴で時に人に対して咬害を及ぼす。軍神毘沙門天のシンボルで、決して退かないという俗言から尚武的な意義によって家紋とされたと考えられる。また足が速いことから「早く売れる」ことに掛けて商家で好まれ用いられた。(高澤等著「家紋の事典」)/七福神のひとり毘沙門天の使いとされる百足は、戦国時代、使番(つかいばん、戦陣での伝令使)の旗印に用いられ、のちに家紋化したものともいう。多聞天とも称する毘沙門天は財宝を守る神で、使いの百足も宝船絵に描かれている。(日本の家紋七〇〇〇)
蛇の目(弦巻)
【じゃのめ(つるまき)】蛇の目紋、弦巻紋ともいう。
弦巻紋は、弦巻を象った紋である。弦巻というのは、弓の弦を巻きつけるもので、出陣のときに腰につけるものである。後世になって、この紋を一般に蛇目というようになった。思うに、その形が蛇の目に似たところがあったから、このように呼びならわしたもので、梅鉢紋が太鼓の桴に似ているところからこのように名づけられたの同様で、まったく、世間でいう呼び名である。(沼田頼輔著「日本紋章学」)
連翹
【れんぎょう】連翹紋は、連翹の花もしくは蕾を車輻状に配列し、これに弁状物を添えて簡便化したものであり、その形状は実物とは遠ざかり、はなはだしく紋章化している。・・連翹紋は藤原氏公季流の代表家紋である。(沼田頼輔著「日本紋章学」)
松
【まつ】松紋は、松の幹枝葉、または松毬を象った紋である。松紋は瑞祥的意義に基づいて選ばれた紋である。松は喬木で、その材は棟梁用に使うのに適し、その葉は四季の間緑色を呈し、霜雪にも変化せず、これを瑞木と称し、門戸に立てて年賀に供し、『群芳譜』にはこれを百木も長と称した。『著聞集』では貞木と名づけている。それゆえこれを文様として調度・器具に施して観賞するということは、平安期のころからすでに行われており、鏡裏の文様、その他の当時の作になる絵巻物などにおいてもこれを見ることができる。(沼田頼輔著「日本紋章学」)
丁子
【ちょうじ】モルッカ諸島原産。幹の高さ10m余、花は淡紫色で、香りは高く、蕾を乾燥して製した丁香は、食品の香料、また医薬にも供された。絞ったものは丁子油。平安初期に輸入された丁子は、舶来香料として上流社会に珍重された。また、その希少価値のために七宝の一つに加えられ宝尽し文様に描かれたのちに紋章化。行燈の灯心の燃えさしが、丁子形になると福徳の入来のきざしとして喜ばれ、多分に縁起的な意味の紋章。(伊藤幸作編「日本の紋章」)
稲
【いね】稲紋は、稲の葉と茎と穂を象った紋である。稲は国民の主食であり、大昔から嘉穀と称し、新穀の実る時は、これを神に祭って感謝の意を表す・・。これを家紋に用いたのは、穂積姓から出た鈴木氏であることから、稲穂の紋章は嘉穀としての瑞祥的意義を持つ上に、穂積と称する姓にちなんで用いられたもので、いわゆる指事的意義をも兼ねたものである。(沼田頼輔著「日本紋章学」)/文様はあまり見られないことから大陸から伝播した文様には稲紋はなかったと思われ、日本独自に文様・紋章化した家紋であろう。(高澤等著「家紋の事典」)
立体作品
ここに収録した作品は、「書籍購入者には著作権フリー、商用目的使用可、データー改編可、クレジット表記不要の画像」を使用している。つまり、画像データを購入し、それに対して多くの場合で改編を施している。また、私の完全オリジナル作品も含まれている。
茗荷
【みょうが】茗荷紋は、初めから茗荷の花を象ったものではなく、杏葉紋の形状が茗荷に酷似していることに着想し茗荷に改造したもの。茗荷の名は発音が冥加と同じであるため、俗に縁起のいいものと認めたことによるものと思われる。元来冥加とは、神仏の通力によって加護を受けるという意義であるが、通常はこれを前途を祝福する意味に用いている(沼田頼輔著「日本紋章学」)/茗荷紋は馬のアクセサリーを紋章化した杏葉紋からの派生説があるが定かではない。茗荷と杏葉は酷似するが、杏葉の頂部には花がなく、茗荷には花がある。(伊藤幸作著紋章
亀甲
【きっこう】亀甲紋は、亀の甲羅に象った紋である。これを紋章に用いたのは、たぶん、当時、亀を瑞祥の動物と見なしたことによるもので、すなわち瑞祥的意義に基づいたものである。(沼田頼輔著「日本紋章学」)/「鶴は千年、亀は万年」のたとえ通り、亀は長寿のめでたいシルシであり、神のみ使いでもあった。(丹羽基二著「神紋」)
花菱
【はなびし】花菱は唐花菱(からはなびし)ともいわれ、大陸から伝来した菱形の連続文様である。実在の花ではなく、架空の花として扱われる。平安時代にいは有職文様として、家格や伝統に相応して、公家の装束や調度品に付けられたため、当時の姿を伝える『年中行事絵巻』や『春日権現験記絵』など絵巻物などには必ず見ることができる。(高澤等著「家紋の事典」)
菱
【ひし】菱紋。斜方形のパターン。その形が菱の葉に似ているため、菱と命名された。このパターンは、織文様から転化したもので、その原初と推定される遺品は、正倉院所蔵・幡垂条飾紐。これは八世紀初めごろの手打組紐で、紫赤・茶・萌黄等の色糸で斜方形に構成されたものである。(伊藤幸作編「日本の紋章」)/菱紋は斜方形を象った紋である。これを菱というのは、その形が菱葉に似ているために名づけれれたもので、初めから菱葉に象ってつくられたものではない。(沼田頼輔著「日本紋章学」)
蝶
【ちょう】蝶紋は蝶を象った紋である。蝶の文様は奈良朝時代からすでに行われたもので、正倉院御物遊猟の絵文様に、これを描いたものがある。平安朝時代になって、この文様が次第に行われるようになり、法隆寺所蔵屏風裏文様に群蝶を描いたものがある。やがて藤原時代から鎌倉時代になって、いよいよ盛んに、衣服、調度の器具などにこの文様がほどこされ、『年中行事』をはじめとして、『平治物語』『紫式部日記』などをみても、いかに多くこの文様が使われたかがわかる。(沼田頼輔著「日本紋章学」)
矢
【や】矢紋。矢は筈(やはず)・箆(の)(簳(やがら)ともいう)・羽(はね)・鏃(やさき)(俗にやじりという)の四部からでき上がっているので、もし矢といったら、この四部を完全に備えているのを本体とすべきであるが、紋章では、その称え方が漠然としていて、ほとんど一定していない。すなわち、矢といっても鏃を欠き、矢筈といっても、たんに筈だけをいっているのではなくて、矢羽をも合わせていっているのである。普通、矢紋は鏃を欠いている(沼田頼輔著「日本紋章学」)
桐
【きり】桐紋。中国古伝説に、帝が現れるのを待って姿をみせる鳳凰は、桐林に棲息するとされている。平安・鎌倉期に、桐は竹・鳳凰・麒麟と構成され高級衣服の織文にされている。桐文様が高貴な文様とされ、天皇の黄櫨染(こうろぜん)(十二世紀中頃)に織りだされ、皇室専用紋とされたのは、前述の古伝説による。桐紋が皇室専用となった年代は不明である。たぶん菊紋と同時期ごろと推考される。(伊藤幸作編「日本の紋章」)
橘
【たちばな】橘紋。元明天皇は殊の外この橘を愛し、敏達天皇の皇孫葛城王に橘の姓を下賜し、一族は後世これに因んで橘を紋章とした。十大家紋の一つで使用家が多い家紋である。(高澤等著「家紋の事典」)
藤
【ふじ】藤紋は文様から転じて家紋になったもので、美的意義に基づいたものであるが、また藤の文字を名字に用いているものが、これにちなんで多く用いたから、指示的意義に基づいたものも少なくない。
指示的意義とは、おもに名字にちなんだ紋章であって、紋章の形状を見て、その紋章がどんな名字を用いるものの家紋であるかがわかるものをいう。(沼田頼輔著「日本紋章学」)
巴
【ともえ】巴紋。巴紋は、鞆を象った紋である。巴は、鞆絵と書くのが正しい。鞆とは大昔、わが国で使われた武具であって、弓を引くとき、これを左手すなわち弓手の手首につけ、弦のさわるのを避けたためだといわれているが、また鞆と弦をふれさせて、音を出させるためだったともいわれている。(中略)
鞆絵をもって水の渦巻いた形と見なし、水の回っている形容詞に巴の字を用いたことは、中国でも日本でも行われた(沼田頼輔著「日本紋章学」)/巴紋には左右の呼称論争がある。
輪宝
【りんぽう】輪宝紋。これを紋章に選んだのは、輪宝は大地の凹凸をならして、一切の邪魔物を砕くという仏説に基づいたものであろう。そして、これを用いたのは、主として修験道信仰者であったことから考えると、信仰的意義に基づいていたことがわかる。(沼田頼輔著「日本紋章学」)
銭
【ぜに】銭紋
銭紋は、銭を象った紋である。銭紋には、文字のあるものと、ないものとがある。銭を家紋に選んだのは、その銭の文字がいずれも、縁起のよい字で、瑞祥的意義をもっていたことによるけれども、まれには、記念的意義に基づいたものもあった。また文字のない銭にいたっては、信仰的意義にもとづいたもの、もしくは、擬態、省略などによったものもあったようである(沼田頼輔著「日本紋章学」)
蔦
【つた】徳川時代になってこの紋章が多く用いられたのは、徳川氏と関係の深かった松平氏がこれを用いたばかりでなく、将軍吉宗などもまたこれを用いたからである。こうして権門勢家に用いられたために、自然、権威のある紋章のように認められ、比較的多く用いられるようになったと思われる。(沼田頼輔著「日本紋章学」)
車
【くるま】車紋には、源氏車紋・水車紋・風車紋がある。源氏車は一名御所車ともいい、平安時代は牛にひかせた貴族の自家用車でした。源氏車紋は、佐藤・榊原家の代表家紋です。風車紋は玩具の風車を図案化したものです。(本田総一郎監修「日本の家紋大全」)/車紋は、坐乗用の車の輪を象った紋である。『太平記』には、これを車輪の紋といっている(沼田頼輔著「日本紋章学」)/平安貴族が乗用した牛車の車輪を形象化したもの(伊藤幸作編「日本の紋章」)
笹・竹
【ささ・たけ】
梅
【うめ】梅紋は、梅の花を象った紋章である。この形状が絵画的であるものを梅花紋といい、幾何学的になっているのを梅鉢紋という。梅鉢はその中圏が外圏に比べて必ず小形である。
箙梅は花弁の先端がやや尖り、匂梅は平たい円であり、白銀梅は正円であってその形状はちょうど梅鉢紋に似ている。
梅花の文様は藤原時代から鎌倉時代に盛んに用いられた。(沼田頼輔著「日本紋章学」)
沢瀉
【おもだか】源平争乱期の武将達に好まれ、鎧・直垂・腹巻等に沢瀉文様を用いたことが諸戦記に散見される。沢瀉は多用された紋であるが、史料には余りみられず、越中の椎名氏が見聞諸家紋に載るのみ。(伊藤幸作編「日本の紋章」)/どうして武人がこの文様を好んだかというと、恐らく巴や州浜のように、時代の流行に迎合したものであって、ほかに理由はないように思われる。(沼田頼輔著「日本紋章学」)
七宝
【しっぽう】七宝は古くは輪違いといわれる連続文様で、輪が四方に広がるという意味の四方が七宝になったとされる。現代では七宝の名が定着し、輪違いは輪を交錯し繋いだものをいう。(高澤等著「家紋の事典」)/昔、輪違といったものは、概して今の花輪違を指したものと思われる。元来この花輪違は、その外郭が四個の輪状が交錯してでき上がった形なのであるから、これを四方襷と称したり、十方と称する者もあった。十方を訛って七宝といったり、あるいは玉輪違と称したりする者があって、一定した呼び方はなかった。(沼田頼輔著「日本紋章学」)
扇
【おうぎ】
目結
【めゆい】目結紋とは、括って染めた文様、たとえば鹿子染のような文様に象ったものをいう。鎌倉時代に流行した文様。尚美的意義の紋章である。(沼田頼輔著「日本紋章学」)
家紋諸口
珍しい家紋など
イラスト
イラスト全般
菊
【きく】菊紋。菊は中国より移入された高級観賞花。中世貴族に賞用され重陽の節会や観菊の宴が催された。菊花酒は九月九日の重陽の日に飲むと、延命長寿の効があるとされ延年草とも称された。放射状の花は、太陽にたとえられ日華・日精とも呼ばれた。・・鎌倉初期、後鳥羽上皇は、いたく菊花文様を愛し御服・輿車・刀剣懐紙にいたるまで、菊花のパターンを採用。この慣例は後宇多法皇の世にまで踏襲され、菊花は鎌倉末期ごろ皇室の専用紋に制定された記録が増鏡に記されている。(伊藤幸作編「日本の紋章」)
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